赤ちゃんのビタミンDが不足している。

今のお母さん方には「古い話を」と思われるかもしれないが、僕が子どもの頃は日本は高度経済成長の真ただ中だった。子どもたちの多くはすでに栄養失調とは無縁であったが、まだ戦後の記憶を引きずっていたためか栄養摂取にはうるさい時代であった。また、ほぼ全員が貧乏であったため、逆に貧富の差は少なくクーラー(今で言うエアコン)電子レンジ、車などの工業製品への憧れもあった。また、工業的に栄養成分をコントロールできる人工乳ももてはやされ、ちょいとインテリジェンスの高い富裕層の家庭では栄養の整った人工乳で育てることがある意味ステータスであった。「大きいことはいいことだ」としてひどく体格のいい赤ちゃんが「赤ちゃんコンクール」で優勝した。

そんな時代の中、時の政府は小学生のビタミン不足を解消しようと夏休み前に全ての小学生に「肝油ドロップ」を配った。終業式の日に配られるのだけれど、これが素晴らしくうまいのだ。担任の先生は「いっぱい食べ過ぎると鼻血がでるから、一日一粒以上は食べてはいけません。」と言うのだけれど、なぜか30日分が3日でなくなる。「鼻血」は子どもなりに心配したけれど、3-4日分の量を一度にとって何も起こらなければ、あとは大胆になる。

医者になってから調べてみた。「肝油ドロップ」はサメ、エイ、タラの肝臓から精製したものでビタミンAとビタミンDが多く含まれている。確かに数ヶ月に渡る長期大量投与で中毒症状は出るかもしれないが「鼻血」はない。しかも、「長期大量投与」は友達の分を貰わない限り不可能だ。「これ俺嫌いだから、お前にやるよ」なんてやつは一人もいなかった。だから、全国的にビタミン中毒を来たした小学生はいなかったし、もちろん「鼻血」が止まらなくなるやつもいなかった。

この肝油ドロップはいつの間にか配られなくなった。日本の小学生の栄養が改善したからだろう。

時は流れて1980年代。日本はバブル経済の中にあった。「japan as No.1」の時代で健康をイメージさせる小麦色の肌がもてはやされ、ビーチに行けない人のために日焼けサロンが流行した。その後バブルがはじけて失われた20年が始まる。実はこの間、知らず知らずの内に日本経済にとどまらず日本人からビタミンDも失われていた。

 

ビタミンD の歴史を少し。1900年代初頭、米国の黒人の赤ちゃんの死亡率は極めて高く、白人で当時1000人中96人の死亡率であったのに対して、約3倍の314人にも上っていた。実に3人に一人の赤ちゃんが亡くなったことになる。これらの子の9割はくる病に罹患しており、その多くは肺炎や結核が死因だった。ニューヨークの臨床医ヘスはこの原因がビタミンD不足にあることを突き止め、このビタミンが多く含まれるタラの肝油を飲ませることでその地域の死亡率を激減させた。(「肝油ドロップ」です)

 

ビタミンDは日光によって皮膚で合成されるものが9割を占める。日差しの強いアフリカに住む原始のヒトは紫外線障害から身を守るために、皮膚で日光を吸収・遮断するメラニン色素が多くなり皮膚が黒くなった。しかし、奴隷制によってアフリカから米国北部に連れ去られた黒人は、逆にこのメラニン色素のために皮膚への日光が不足することとなり、ビタミンDも著しく不足することとなった。ビタミンDは骨の健康を保つビタミンとして知られているが、免疫力を高める作用もあり、不足することで肺炎・結核・インフルエンザなどの感染症にかかりやすくなる。当時の米国の黒人赤ちゃんの死亡率が高かった原因もここにあった。また、ビタミンDは将来の糖尿病・がん発症との関連も示唆されている。

 

一方、日本では一時期、戦後のビタミン・栄養不足を解消するために「肝油ドロップ」を配布していた。この後「くる病」はほぼ見られなくなり、おいしかった肝油ドロップもいつの間にか配布されなくなった。しかし、時代が変わり1990年代に入ると、妊娠・出産年齢にある若い女性はシミになるのを嫌い「美白」のために日照を避けるようになり、ビタミンDが不足し始めた。日照時間の短い北国ではその影響がさらに大きくなる。お腹の中にいる赤ちゃんはお母さんからビタミンDをもらっているが、それが不足する。また、最近母乳栄養の利点が理解されるようになり、母乳栄養を選択する母親が増えた。しかし、母乳の大きな利点の陰には小さな欠点もある。残念ながら母乳中にはビタミンDが足りない。先進国ではこうして赤ちゃんのビタミンD不足が危惧されてきた。

 

当院で去年、母乳で育つ赤ちゃんのビタミンD調査をした。一年間通して調査したが、驚くべきデータだった。ビタミンD「不足」とされる赤ちゃんは160人中145人と9割以上であり、6割はより重症な「欠乏」状態だった。特に冬場の1-2月期が最悪であった。骨にくる病の初期変化があった子は15人と約1割あり、頭蓋骨が軟らかく指でへこむ「頭蓋癆(ずがいろう)」も3人に認められた。

 

これは八戸だけの問題ではない。アメリカ・ヨーロッパの各国ではこの状態を問題視して、生まれた赤ちゃんには翌日からビタミンD一日400単位を少なくとも1歳まで続けるように勧告し、ヨーロッパでは実際に7-8割の赤ちゃんがビタミンDサプリメントを用いている。この量の安全性は確立しており、健康な赤ちゃんでは有効性も確認されている。

 

残念ながらビタミンDの不足は外見からはわからない。頭蓋癆やO脚などの変化が出ることもあるが、カルシウム不足がない限り、これらはなかなか顕性化してこない。混合栄養で人工乳を補足している子も安心はできない。人工乳にはもともとビタミンDが添加されているが、人工乳だけでビタミンDを補うためには一日1000ml以上が必要になる。八戸地域で母乳あるいは混合栄養で育てている赤ちゃんにはビタミンDをサプリメントとして使ったほうが望ましい。より安心な母乳育児を続けるために・・。